2013年06月19日

アベノミクスの終焉

九月位までは持つと思われたのですが、思ったより早くアベノミクスが終焉を迎えました。 
第2の矢以上に第3の矢も従来政策の延長線上で、目新しい所は1つも在りません。 私の予想より早く終焉となりました。 又、10年間で国民所得を150万円(15万円/年)上げると言っても、企業は人件費を抑える為に派遣社員や海外の研修生を使う事しか考えていないし、政府は賃金が低い限定正社員制度を導入しようとしています。 更に、来年から消費税を8%に、その後10%に上げる予定で有り、我々の実質所得はそれ以上に下がると思われます。 マスコミは早くこの矛盾に気付き、政府に正しいデフレ対策を求めるべきと考えます。 
さて、近代経済で日本が始めてデフレを経験した様に言われていますが、150年前の江戸時代後半も今以上のデフレ状態でした。 幕府はおろか各藩までも軒並み多額の借金を抱えて、年貢の取立てを厳しくすると、農民は田畑を捨て村から逃げ出しました。 当然、農地は荒れ収穫が減り、藩の借財が増えると言った,当にデフレ経済であったのです。
しかし、その様な経済を村レベルで救済したのが、「報徳の教え」で有名な二宮尊徳です。 又、藩主でありながら「藩主は藩の民を預かっているだけで、私してはならない。」と自らに厳しい姿勢で藩政改革を成し遂げた上杉鷹山や、「貧乏板倉」と陰口を叩かれた備中松山藩を見事なまでに蘇生させ、実質石高を倍以上にした山田方谷等、素晴らしい為政者が輩出しました。 彼らは上杉鷹山を除き農民出身者で、藩に認められて為政者になった方が多いのです。 現代風に言えば、官僚ではなく、民間から為政者になったと言う事です。 勿論、上杉鷹山程の覚悟があれば、政治家や官僚でも出来ない事は無いですが、二宮尊徳の改革はほぼ10年で完了(借金返済+貯金)し、山田の改革は7年で完了(借金返済+実質石高倍増)しましたが、上杉は約30年費やした事を考えると、やはり民間人をトップに据えた方が早いと思われます。
 経済の立直しは「出を押さえて入りを図る」事は今も昔も変わりません。 但し、何を出とするか、何を入りとするかは時代と共に変化します。 何とは何でしょう? 賢い貴方には判りますよね・・・・。
posted by きつね at 07:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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